「あの政治家さん、その『させていただく』の使い方、違和感を感じるんですけど……」

 「させていただく」 それは、まるで落語ネタのようで……
 爆笑王と称された、故・桂枝雀師匠の落語ネタ「夏の医者」の枕(まくら)に「葛根湯(かっこんとう)医者」という短いお話が出てきます。
 (※落語に興味のない方のために説明しますと、枕(まくら)とは本題に入る前に、お客さんをこれから始まる落語の世界に引き込む「前フリ」のことを言います。)

 その葛根湯医者は、葛根湯は風邪薬にもかかわらず「どんな薬飲んだかて皆、気のせいや、えろう変わりない」と、頭が痛い、お腹が痛い、どんな患者が来ても、もう葛根湯一手だそうで。

 「させていただく」も、葛根湯医者と同じです。
 実際に色々な場面で使われるようになったことから、2010年頃に「させていただく」を必要以上に使いすぎることを揶揄する「させていただく症候群」と呼ばれる言葉が生まれたぐらいです。
 「させていただく」も、葛根湯医者と同じです。「させていただく一手」と言ってもいいぐらい、何でもかんでも使われているのです。
 では、なぜ「させていただく」はよく使われるのでしょうか。

 それは「させていただく」は、大変便利な敬語だからです。
 普通の人である私たちにとって、敬語の使い方は大変難しいものです。
 例えば、目上の人や初対面の人と話さなければいけないとき、あるいは発表会や報告会など大勢の人前で話さなければいけないときがありますよね。
 そんなとき「丁寧な言葉遣いをしなければいけないのに、良い言葉遣いが思いつかない……」と、言葉に詰まりそうになることもあるでしょう。

 そんなときに「させていただく」の便利さが本領を発揮します。
 よく耳にするものだから、ついつい使ってしまうのが「させていただく」です。
 常日頃から敬語の使い方に悩む普通の人である私たちが、丁寧な言葉遣いで困ったとき、しかも台本のない、即興で何かを返事しなければいけない場面で、よく耳にする「させていただく」を、ついつい使ってしまうのではないでしょうか。(あなたはどうですか?)

 実は、ある政治家も「させていただく」の、ヘビーユーザーなのでした。
 とにかく、その政治家は記者会見で「させていただく」をよく使います。ある日の記者会見では、約1時間の記者会見中に50回以上も「させていただく」を使っていたのです。

 誤解を受けないように言いますと
 私は決して政治家が「させていただく」を多用することを否定するのではありません。
 記者会見では、政治家は記者からの質問に対して即興で答えなければいけません。
 聞き手である記者に対して「謙虚に、誠実に、真摯に住民のために施策を考えて実行に移している、政治に向き合っている」ことをアピールしなければいけませんから、どうしても丁寧でへりくだった便利な敬語表現として「させていただく」を使いたくなるのも、無理はないと思っています。

 この場合は、
 政治家は記者に対して、敬語表現なしの「懲戒処分にしました」、あるいはどうしても敬語を使って表現したいなら「懲戒処分にいたしました」と、発言する方がいいのでは、と私は思うのですが、いかがでしょうか。

 

 【重言(じゅうげん)について】
 この文章の中で「違和感を感じる」が登場しています。
 「違和感を感じる」のように、同じ意味の語を重ねることを重言といいます。
 「違和感を感じる」も重言になりますので「使っても大丈夫なのかな?」 と、かなり悩みました。
 『日本語はこわくない』 飯間浩明著 PHP研究所 では、重言についてこう書かれていました。
 “重言をタブー視せず、もっと楽に考えてもいいでしょう。”
 私も楽に考えて「違和感を感じる」を使うことにしました。
 もし、この重言を不快に思われた方がいらっしゃいましたら、悩んだ結果ということで、どうかお許しください。

 参考文献
『桂枝雀名演集 Dvdbook 第3シリーズ5巻 千両みかん・夏の医者』 小学館